■賃貸住宅管理士

財団法人日本賃貸住宅管理協会が認定する任意資格。賃貸住宅の企画立案から、建築、入居者募集、運営管理、トラブル防止と対処法に至る実務、法律や税金の知識などを習得する1次研修に加えて、コンサルティング実務や収益還元法などより高度な知識習得を目指す2次研修を実施。修了時に試験を行い、その合格者に資格が与えられる。さらに、住宅・不動産関連業種に2年以上在職している人は、協会に資格者として登録される。 くりっく365は特に定められていないが、スペイン語で、Reino de Espana(レイノ・デ・エスパーニャ)、Espana(エスパーニャ)やEstado Espanol(エスタド・エスパニョル)などが用いられる。日本語の表記はそれぞれ、スペイン王国、スペイン、スペイン国。これは英語のSpainに基づく。漢字で西班牙と表記し、西と略す。ただし、江戸時代以前の日本においては、よりスペイン語の発音に近いイスパニアという呼称が用いられていた。 スペインは、国王を元首とする王国であるが、1978年憲法では、それまでの憲法では明記されていた国号は特に定められていない。憲法で国号が定められなかったのは、君主制は維持するものの、その位置付けは象徴的な存在に変わり、国を動かすのは国民によって選ばれた議会が中心になることを明確化するためにとられた措置であった。しかし、慣例的に「スペイン王国」と呼称する場合も多い。 詳細は、スペインの歴史参照。歴代君主の一覧は、スペイン君主一覧を参照。 紀元前146年 - 共和政ローマがそれまでヒスパニア地方を支配下に置いていたカルタゴを滅ぼす。 FXが共和政から帝政に移行。その後の属州の再編でヒスパーニア・タラコネンシス、ヒスパーニア・バエティカ、ルシタニアの3州に分割して統治される。 415年〜711年 - 西ゴート王国(首都トレド) 756年〜1031年 - 後ウマイヤ朝(首都コルドバ) 1035年 - アラゴン王国独立。 1038年 - カスティーリャ伯フェルナンド1世、レオン=アストゥリアス王国を継承しカスティーリャ王国が成立。 1479年 - カスティーリャ女王イサベルとアラゴン王フェルナンドの結婚によりスペイン王国(イスパニア王国)が成立。 1492年 - スペイン王国、グラナダを陥落させナスル朝滅び、レコンキスタ完成。 1516年 - ハプスブルク家のカールがスペイン王カルロス1世として即位。スペイン・ハプスブルク朝の開始。1519年に神聖ローマ帝国皇帝カール5世としても即位。ハプスブルク家の全盛時代を迎える。 1538年 - オスマン帝国にプレヴェザの海戦で敗れる。 1556年 - フェリペ2世即位(-1598年)。「太陽の没することなき帝国」(スペイン帝国)と呼ばれる。1580年ポルトガル王も兼ねる。 1561年 - フェリペ2世、トレドからマドリードへ遷都。 1568年〜1648年-八十年戦争(オランダ独立戦争と呼ばれる事もある)。 1588年のアルマダの海戦で無敵艦隊が英国に敗れて後、スペイン・ハプスブルク朝の勢力は弱体化を開始する。 三十年戦争にも部隊を派遣。白山の戦いの勝利に貢献し、ネルトリンゲンの戦いでは戦勝の立役者となるなど神聖ローマ皇帝軍をよく支えた(莫大な財政援助も行っていた)。しかしその見返りにスペインが期待していた皇帝軍の八十年戦争参戦やマントヴァ公領継承戦争への参戦は実現せず、スペインの衰退を加速させる結果となる。 1641年にはポルトガルが独立し、1648年にはオランダ独立を承認、1659年には西仏戦争を終結させるフランスとのピレネー条約を不利な条件で締結するなど、スペインの黄金時代は終わりを告げた。 1700年 - 直系の跡継ぎの絶えたハプスブルク王家に代り、フランスのブルボン家がスペイン王位を継承してブルボン朝(スペイン語風に「ボルボン朝」とも)が始まる。これにはオーストリア、イギリスの反発もあり、スペイン継承戦争が勃発。 1701年〜1713年 - スペイン継承戦争 1740年〜1748年 - オーストリア継承戦争に参加。 1756年〜1763年 - 七年戦争に参加。 カルロス3世即位(1759年-1788年)。スペインの中興。 1808年 - ナポレオンの侵攻を受ける(ナポレオン戦争)。王位を一時奪われるが1814年復帰。 1868年〜1874年 - 空位。 1873年〜1874年 - 第一共和政。 1874年王政復古。 1931年 - スペイン革命によりブルボン朝が滅亡し第二共和政が成立。 1936年〜1939年 - スペイン内戦、その後1975年までフランコによる独裁。 1975年 - フランコの死去によりフアン・カルロス1世が即位。 政体は立憲君主制(議会君主制)。国王は国民統合の象徴と規定されている。かつてはフランコによる独裁政権だったが、現在は民主化されている。議会は2つあり、下院は定数350議席で4年ごとの直接選挙で選ばれ、上院は定数259議席で208議席が選挙によって選ばれ、残り51議席が地方自治体の代表で構成される。現在の与党はスペイン社会労働党で、国民党と共に2大政党制を構成する。その他の政党には、カタルーニャやバスクの地域政党が存在する。 1986年のEU加盟以降、EUの一員として他のEU諸国との関係が密接になる一方、旧植民地であった中南米諸国との伝統的友好関係も非常に重要となっており、毎年スペイン・ポルトガルと中南米諸国の間で持ち回りで開催されるイベロアメリカ首脳会議にも参加しているが、中南米にスペイン企業が進出し過ぎていることから一部には、中南米に対するレコンキスタ(本来はイスラム教徒に征服された国土の回復運動だが、ここでは文字通り「再征服」)であるという批判もある。また、特に南部アンダルシア地方にイスラム文化の影響が非常に強く残っていることなどもあり、他のEU諸国と比べるとイスラム諸国との友好関係の構築に比較的積極的であるといえる。 スペインの自治州詳細はスペインの地方行政区画およびスペインの県を参照。 スペインは、17の自治州から構成される。また、各州は50の県に分かれる。 また、アフリカ沿岸にも5つの領土がある。セウタとメリリャの諸都市は、都市と地域の中間的な規模の自治権を付与された都市として統治されている。チャファリナス島、ペニョン・デ・アルフチェマス島、ペニョン・デ・ベレス・デ・ラ・ゴメラ島は、スペインが直轄統治している。 スペインの地形スペイン本土は高原や山地(ピレネー山脈やシエラ・ネバダ山脈)に覆われている。高地からはいくつかの主要な河川(タホ川、エブロ川、ドゥエロ川、グアディアナ川、グアダルキビール川)が流れている。沖積平野は沿岸部に見られ、最大のものはアンダルシア州のグアダルキビール川の平野である。東部の海岸にも中規模な河川(セグラ川、フカール川、トゥリア川)による平野が見られる。 南部と東部は地中海に面し、バレアレス諸島が東部の海岸沖にある。北と西は大西洋に面し、北部で面している海域はカンタブリア海(ビスケー湾)と呼ばれる。カナリア諸島はアフリカ大陸の大西洋沖にある。 スペインが接する国境の長さは、アンドラ63.7km、フランス623km、ジブラルタル1.2km、ポルトガル1,214km、モロッコ6.3kmである。 1960年代以来、「スペインの年」と一部では呼ばれていた1992年頃までの高度成長期が過ぎ去り、低迷していたが、ヨーロッパの経済的な統合と、通貨のユーロへの切替えとともに経済的な発展が急速に進んでいる(2003年現在)。市場為替相場を基とした国内総生産は世界8位で カナダやロシアを超えるがサミットには参加していない。企業は自動車会社のセアトやペガソ、通信関連企業のテレフォニカ、アパレルのザラが有名。 スペインの鉱業資源は種類に富む。著名なすべての鉱物が存在するとも言われる。しかしながら、鉱業の歴史が長く、21世紀に至ると採掘量は減少してきた。 有機鉱物資源では、世界の市場占有率の1.4%(2003年時点)を占める亜炭(1228万トン)が有力。品質の高い石炭(975万トン)、原油(32万トン)、天然ガス(22千兆ジュール)も採掘されている。主な炭鉱はアストゥリアスとカスティーリャ・イ・レオンにある。石炭の埋蔵量は5億トンであり、スペインで最も有力な鉱物である。